知的なことをしなくちゃと思うのですが、怠け者でして…。


by nemo2000jp
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法を習ったのに…

「ウオークラリーに車 高校生3人死亡」という事故について書きたいことがあります。たぶんどのサイト・ブログでも言い尽くされていることを書くだけだとは思いますが、書かずにはいられません。
この事故を起こした容疑者は、お酒を飲むのがわかっていて車でお店まで行っているし、日本では必要のないカンガルー避けがついた殺傷能力の高いRV車に乗っている時点で、人を殺す気がありありと見えます。これは未必の故意ともいうべきもので、危険運転致死傷罪なんて甘いことは言わず、殺人罪になるのではないかと思ってしまいますが、現行法下ではいかんともしがたいものであるのでこれは置いておきます。
しかし、包丁を持って3人もの人を殺したら殺人罪が適用になり、おそらく死刑という罰が下されます。お酒を飲んで車を運転したらどうなるかぐらいは車を運転している人にはわかります。包丁よりも車のほうが殺傷能力は高いと思われます。それなのに、この事故の容疑者には最高20年(併合加重の場合は最高30年)の懲役しか科せられません。例えが非常に悪くて申し訳ないのですが、人を殺そうと思ったら、酔って車に乗って人を轢いて、酔っていたからわかりませんと殺意を否定すれば、死刑にもならずに何十人という人を殺せることになります。こんなわけのわからないことがあるでしょうか。
遺族は、直接的な敵討ちというものを国に禁止され、容疑者への罰は裁判に委ねざるを得ません。一人一人の命の重さは変わらないのに、その殺され方によって容疑者への罰が変わってきます。今回の場合もそう(殺人罪と危険運転致死傷罪)ですし、睡眠時無呼吸症候群で事故を起こしても、心神喪失者がどのような犯罪を犯しても無罪になります。
尼崎の電車脱線事故でもそうですが、被害者や遺族にとっては殺されたという事実は変わらないのに、それが事件なのか事故なのか、または容疑者の精神状態などによってその量刑が無罪から死刑まであるという現状に納得できないでいます。だからと言って、「目には目を」的な罰は行き過ぎではないかと思う自分もいて、考えがまとまりません。
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by nemo2000jp | 2005-05-26 02:25 | 真面目もの